教育と芸術

対談 「愛(源)の力」

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対談 源の力

 

~SPラジオより~  対談【源の力】

 

愛(源)の力ってどういうものなのでしょうね?

<富士実さん>
愛(源)といっても、“
自分たちも愛(源)である” という考え方ですよね。

愛(源)を体験する人間(愛)。
愛(源)の力を実践することで、愛(源)自身を感じることになる。

パワーというのは、波動として顕れる場合とか、
優しさを感じる場合とか、色々なことを感じるのが、愛(源)として感じること。

愛(源)の力を遣ると、愛(源)とは何ぞやということが分かってくる。

言葉で分かる範囲は3次元的な言葉を使えばそれまでだが
感じることは、簡単に言うと4次元、5次元的に感じる。

いわゆる「悟りの世界」を体験するのが、愛(源)の力実践ですね。

悟りは、言葉にするのは非常に難しい状況ですよね。
体験してもらいたいがために会を開いてますね。

チャットに出てもらったり、会に出てもらうことで、
生でリアリティのある感触が得られるし、みんなで遣ればより感じられる
という人も多いですね。

「こちらの愛(源)が本物か?」 という話があったんですが
愛(源)って、どこの愛とかよく言うけれど、“みんなにとって共通のもの”だと思う。

本当に大切なことだとしたら、それを感じられたり、繋がっていると思った時に
誰でも分かるのが、ここでいう「愛(源)の力」なのかな。

それを感じようというのが、こちらの企画なのではないでしょうか。

愛(源)というと 「どこの愛なの?」 とか 「本当の愛なの?」 とか思いがちだが、
こちらでは本当に大切なものを愛(源)としている、という風に考えていいでしょうか?

<富士実さん>
愛(源)って古代から神と言われていますが、どんな国でも神を祭っていますよね。
文化がそんなに発達していなくても、まずは
神を感じているみたいですね。

キリスト教関係の前も、ユダヤ教と言われていますが、神は大事にしています。

ただ、ユダヤ教というのは「恐れる神」という感じで、イエスの頃から「愛の神」という
言い方を強調されてますよね。

時代によって愛(源)の捉え方は違ってくると思います。

今、SPの愛(源)と言われているのは、体験する愛(源)、総合の愛(源) ということで遣り始めて
文化的な捉え方としては「総合の愛(源)」ですね。

これまでの愛は、体験する愛でもあったんでしょうけど、
「神との対話」という本も、読んで面白かったなで済ませている人は、多いのではないかと思います。

SPの愛(源)というのは「総合の愛()」として、ひとつの世界を創ることを目的を持って、ネットを使ってHPで謳ったり、最近ではブログを使ったりしていますね。

それらに参加するにも、こちらの愛()が本来の愛()であるかどうかは

チャットで「自分の信じる愛(」を信じながら、ここのチャットに参加することによって
こちらの愛()的な
誘導と波動が合うか、一体となれるかというところですかね。

はい、「自分自身の愛(源)」と「総合の愛(源)」を繋げるようなつもりで来れば
わりと抵抗なくやれるのかなと思いました。

<富士実さん>
急に繋げるというのは難しいので、試しに来て頂ければ。

なるほど。
繋げるというより、繋がっているんですもんね、元々は。

<富士実さん>
元々は繋がっているんですけど、
脳みそでも分かっていただかないと、魂だけが分かっていても
理屈が合わないぞってなるわけじゃないですか。

愛(源)の力チャットや会には、是非、試しに来て欲しいなと思います。

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